半ドアーの恐怖

弁当屋で弁当を買い、車に乗り込み、左手で弁当の入った袋を持ち、右手のみでステアリングとシフトを操り車を発進させた。

僕の車は左ハンドルのマニュアル車。
左手で弁当の袋を持つというのはなんというか膝に触れずに自分の体の前にぶらさげてるというか、
江戸の町人がちょうちんを持つようなというか、それは弁当の上に豚汁のカップが1つ入っているからなんとも安定性の無い状態で、
漏れにくいパッケージとはいえ汁物はやはり斜めになるとこわいものがあるからで、助手席にただ置いたのでは運転中に弁当の上の豚汁がひっくりかかえり、
豚汁がこぼれ袋の中で弁当が豚汁の汁にプカプカ浮くかもしれないので、それらをさけるためにラーメン屋の配達のバイクの荷載せごとくぶらんぶらんにしておくために、
左手でどこにも触れない様に袋を持っていたという訳だ。
右手でキーをまわしエンジンをかけ左手の肘でステアリングを固定し、右手でサイドを下ろしバックギアに入れたのちステアリングをにぎり発進させ、
バックで道路中央までせりだして、右手をステアリングを一旦放し、シフトを1に入れて前進。

走ること20秒ほど。
右のサイドミラーをみると、なにか黒い棒みたいなものが見えた。
あきらかに自分の車のボディから突起してるような感じだ。
車のボディーから棒が突起してるという状況を見た事無いし、経験もない。
約40センチほど突起してる。
少し考えて分かった。ドアーのボディー側のゴムパッキンだと分かった。
2週間程前から助手席のそれがドアー開閉時に外れたり外れかけたりしていた。それをほったらかしにしていた。
弁当屋に行く前にうちのスタッフが助手席に乗ったので彼が降車するときにゴムパッキンがうまく格納されずにボディーからはみ出ていたままになったのであろう。
ゴムパッキンにはスチールの心材が添えられているので比較的ピーンと張っているのである。
それが40センチ程ボディーからはみ出たまま、事務所から2kmほどの弁当屋まで気付かずに走らせて来たのであろう。
夜だし黒い棒だし。右側のサイドミラーだし。

で、気になって仕方が無い。
というか、その棒がどんどん寝てきたつまり水平になりつつあったので危険だなというのもあり、でも左手で弁当持ったまま、
右手で助手席のドア開けるのは走行中は無理なので信号で止まったときにやろうと思いそのまま走らせたが、いつもは大抵引っ掛かる信号が青。次も青。
ようやく次の信号が赤で止まり、左手で持っていた弁当を助手席に置き、助手席のドアーを開けゴムパッキンを引っ張り戻し、所定の位置に戻してドアを閉めた瞬間、
形状を記憶していたスチールとパッキンが弾みをつけてまた外に飛出てしまった。
信号はもう青に変わりもう一度繰り返す時間はなかった。
発進させると、ドアーがちゃんと閉まっていない。
半ドアーってやつだ。
というか、この「半ドアー」って言葉だれが命名したんやろ。
半閉ドアーならわかるが、ドアーが半とはよく考えるとおかしい。
ボディーとドアーの隙間にスチールが断面の強軸方向に向きを変えてはさまったからであろう、ぺたっと押しつぶされれば閉まったのに、
強軸方向なのでぺたっとなりきれないでいたんであろう。
いつ全開してもおかしくない半ドアーである。
カチャっとなっていない半ドアーといえば伝わるかな。
ぶらんぶらんである。
これはよくない。非常によくない。
しかもこの交差点を左折せねばいかない。
助手席のドアがぶらぶら。
つまり右のドアがブラブラ。
これで左折するとどうなるか、そう、遠心力で完全に開いてしまうことが推測された。
かなり大きい交差点。全開は避けたい。
絶対避けたい。
でももう交差点。
左折専用レーンにいるので、直進もできない。
まさか幅寄せで停車も迷惑。
うーん、まいった。
ウインカーも出さないといけないのだが、ウインカーはステアリングの左に位置する。
左手は弁当だ。
ドアーが今にも開きそうだ。
ドアーの取手を体を助手席に傾けて右手で掴む。
ステアリングはもう非常事態なので左手で弁当袋をぶら下げたまま握った。
ウインカーも指がつりそうになりながら小指でつけた。
さぁ左折だ。

左手で弁当袋とステアリング、右手は助手席のドアーの取手。
ギアは1足のまま。
ステアリングを左にきる。
つまり弁当袋はどんどん下に下がる。
膝に当たる。
均等に膝に当たればよいが、片側だけあたると、わかるね、袋の中で豚汁のカップがバランスを崩して倒壊してしまい大洪水となる。
左足をがに股に外に広げつつ弁当袋を膝に均等に着地させつつと。

しかし、左手は10時の位置からいっても8時の位置までで限界だ。
それ以上きると弁当袋はもはや足もに落下する。
だがしかし、交差点は直角なのでステアリングはまだきらなければ曲がりきれない。どうする。

ステアリングを一旦腹で押さえ、左手を握り直してまたきった。

なんとか曲がり終えた。

ドアーも開かずに済んだ。

ホッとした。

弁当も守れた。

もっとホッとした。

帰宅しおもむろに弁当袋を見ると「ほっともっと」。

という話。